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代理ミュンヒハウゼン症候群・高齢者虐待

こんにちは6月10日大阪は蒸し暑い。
今思えば、姉は長い間、父の介護をしてくれました。父と姉の関係は決して良好では有りません。むしろ、虐待をうけて育てられていた私たち兄弟は父に対しての恨みは強かったです。父はお酒を飲んで声が大きくなり説教をしだすと始まるんです、自分の考え通りの返事や態度が返ってこないと、身近なものを投げたり、マンガでよくある、「ちゃぶ台返し(お膳をひっくり返す)」嵐のような毎日でした。末っ子の私はなんで叱られているのかが分からずいつも母の腕の中に避難していました。そんな父が糖尿病で両足を切ってからのこと、3度目の妻と別れました。正確には姉が後妻を追い出した。ビルをとられるのが嫌だったから、介護をさせなかったのかもしれない。真相は分かりません。表向きには介護を放棄したことになっています。父の面倒は当然身内である「当時は次女がまだ生きていたので」長女と次女が交代で面倒見ていました。介護はいつ終わるか分からない分介護者はとっても辛い事です。でも、かいがいしく世話をしている姿は、周りから褒められ尊敬されます。父を車いすに乗せて、散歩に連れて行く姿は、献身的な親を介護する聖母マリア様みたいな姿で誰もが父のことを羨ましがりました。両足を亡くなった当初はすごく大変だったと思う。夜中に何度もトイレの世話で起こされなて寝れなくて辛いといつも私に言います。私が介護を手伝うと言っても触らせません。私にはひたすら悪態をつきます、悪魔のような顔でひどい悪態をつきます。ある時私が口から胃が飛び出すぐらい辛いと言ったら、「お前なんか死ね」と言うんですよね。きっと、姉も病んでいたんだと思います。私はそのうち呼ばれるまでいかなくなりました。ある時姉があとから告白しました。姉は相当辛かったんだろうと思います、父を公園に置いてきたそうだ。勿論、すぐに、戻ったとかそこのところは未だに曖昧ですが、そのうちに糖尿病が悪化して入院することになって、姉も一息つけるようだが、毎日病院に行って看護師さんも感心するほどの献身ぶりでした。入院するとすぐに体調が良くなり退院です。退院してきた父は1週間もしないうちに血糖値が上がり又入院です。姉は毎日父に食べてはいけない「あんパン」や「甘いもの」を与え続けたのです。父が欲しがるからと言う理由で・・・入院・退院の繰り返しを長い間繰り返し最後に軽い認知症が発症して1年もしないうちに亡くなりました。その後近くの商店街で、父が死んで悲しいと言っては泣いて歩いていた。ある時お墓の前で、父が死んだのは私のせいだと言うので、「私がそんなことないよお父さんは感謝してると思う」と言ったら、「あんた死んでないのになんでわかるねん、お前が死ね」と言われショックでした。その時は狂っているとさえ思いました。今考えたら、「ありがとう」と一言いえば又違ったのかなと思いますが、それから、5年間顔を合わせませんでした。姉は、遺産を独り占めしていました。話はそれましたが、代理ミュンヒハウゼン症候群精神疾患ではないだろうかと思ってしまう。残念ながら私は民間のカウンセラーであって、精神科の先生ではないので断定は出来ませんが、財産の問題も今のところ解決しています。私は問題回避派の人間ですが、問題なく時にはそれで良かったと思うことも沢山あります。私は姉の前では弱い私を演じる事によって血をみなくてすんでいます。
 
 

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